オペラ・パフォーマンス 自己紹介 買い物 雑記 書庫 メールはこちらまで T_  ALL_  Y_

アメリカ・インディアナポリス「ミジェットレース」参戦(1997.5.)


念願のミジェットレース
5月18日、新たな挑戦の為アメリカへと向った。ミネアポリス空港を経由して約13時間、インディアナポリスに到着した。20日にはいよいよ初レース・・・。緊張は徐々に高まる。まずは、今回車両を借りるに当たり、お世話になったマイケル・ラングさんの自宅に向かった。実は、このマイケルさんには、11月にテストドライブに行った際に一度会っている。その時は、レジェンドカーというレースカーのスクールの講師としてスピードロムに来ていた。自宅に到着すると、ガレージにピカピカのミジェットカーが!話を聞くとマイケルさんはここインディアナポリス・スピードロムのミジェットチャンピオンなのであった。なんだか、ついてる!
初レースの自分にとって、願ってもない先輩だ。そして、いよいよ今回借りるミジェットが置いてあるガレージへと案内してもらった。持ち主は、やはりレーシングドライバーのジョン・ハイデンリックさん。ペンシルバニアからこの時期だけインディアナポリjスでレース参戦しているそうだ。もちろん、チームクルーも一緒だ。そして、このジョンさんも優秀なドライバーの一人だった。片言の英語でなんとかコミュニケーションをとりながら、指導してもらう。今回の目的は、成績を残すことではなく、まずレースのルールを覚えること・予選の通過・できれば完走、この3つだ。
1つ目の「ルールを覚える」から大変だ。イエローコーション時の対処の仕方等など。日本語ならきっと簡単なんだろうなー、片言の英語ではなかなか理解できず、ジョンさんもちょっと困っている・・・。
ま・それでもなんとか理解し、シート合わせ。この日の為に新調した、ヒンチマンのレーシングスーツに手を通すと気分が引き締まった。アメリカでレースをするなら、アメリカのメーカーのスーツをと思い、オーダーしたスーツを着用すると、「おー、ヒンチマン」とみんなが掛けよりなんだか喜んでくれた。ちょっと、溶け込んだかな?
シート合わせも無事に終わり、ホテルに戻った。「RRRRR」電話が鳴った。受話器の奥から聞こえてきたのは、日本語。
そういえば、日本を発つ2日前”オハイオからこんにちは”というメールが入っていた。差出人は「HIROSHI」って誰?しかも、アメリカ・オハイオ州から・・・。

5年前、私は日本テレビの「天才たけしの元気が出るテレビ」という番組に出演したことがある。
松田秀士さん監督の元、レースに出場する企画があり、全国オーディションがあった。その時に、マラソン・レンタルカートのタイムトライアル・実技などから選ばれた4人に入ったのが、私・土屋武君・山本勝巳君・そして、HIROSHIこと早川宙君だ。
その後は、それぞれ音信も無く5年が経っていた。彼は、その後アメリカの大学でコンピュータの勉強をしておりレースとは無縁の生活をしていたそうだ。ある日、ヤオハンに買い物に行った彼は、何年ぶりかに日本のカー雑誌を手に取り、私のミジェットレースの記事を見たそうだ。懐かしさで、連絡を取りたいと思い、ホームページを検索し、電子メールを送ってきたのだった。
そして、片言の英語しかしゃべることの出来ない私には、とても嬉しい事・通訳をかってでてくれた!
彼の住む、オハイオからは車で3時間も掛かる。本当に感謝。
しばらくして、また電話が鳴った。「ハロー」英樹君だった。アメリカでインディライツに参戦している野田英樹君だ
インディアナポリスに住む英樹君には、テストドライブ時から本当にいろいろお世話になっている。なんと、英樹君もレースに来てくれるという、本当にありがたい。5年ぶりに会った宙君・英樹君・マイケル・ジョン・・・いろいろな人に支えられてレースに参戦する。明後 日は、いよいよ夢にまで見た初レース。
レースを控えて、マイケルさんから 「成功は成功するまでやり続けること」という言葉をもらった。
さあ、成功へ向けての新たな一歩だ。
たとえ草レースでも、レース当日は、朝から大忙し・・・と考えるのは日本的。アメリカは、のーんびりしてる。レースがナイターというのもあるが、お昼くらいからのんびり出てきて、準備が始まります。スピードロムはテストで走っているのですが、マイケルさんについて練習走行をした。
さすが、チャンピオン・速い。まずは、予選ヒート。ぼちぼちとお客サンが集まり始めた。ビール片手にスナック菓子。仕事帰りに一杯・じゃなくてミジェットレースを観戦といったところだろうか・・・。何はともあれ、初レースは始まった。私は、ルーキードライバーということで、最後尾からスタート。狭く小さなコース・オーバルという状況の中で1台もパスできず、なななんと予選落ち・・・。
しかし、サーキット側の日本人の挑戦に配慮ということで、決勝ヒートに特別に参加できることになった。
レースは、マイケルさんに追いつこうとしたが、慣れてきたころにチェッカー。9位だった。しかし、9位で賞金を頂いた。120ドル・もちろんみんなでおいしいものを食べた。

ミジェット初レースは、本当に私のドライビングテクニックに絶大な影響を残して終わった。
そして、ミジェットの魅力にはまってしまった私は、その年の7月にもTQミジェット3戦にレース出場した。ダートオーバル・バンク付いろいろなコースを経験した。そして、シビックに限らず4輪をドライブする上で、アクセルコントロールでトラクションを引き出すということを勉強した。これは、大きなお土産だ。